らさして来る光りが夫人の横顔を鮮明に浮き上らせているものの、一同の話が罷業の臆測を赦《ゆる》さぬ流れに不安の空気を流しているときとて、話につれて淑《しと》やかな彼女の顔もどことなく沈んでいった。
「フランス政府は労働者に力を与えて罷業をすすめたものの、こんなに罷業がつづけば資本家は倒れてしまう。これを潰《つぶ》せば労働者も潰れてしまう。しかし、罷業はしなければならぬというので、政府は四苦八苦の状態になって来ている」と一人の客が云った。
「しかし、政府は潰れた資本家に裏から資金を与えて起き上らせているともいうよ」とまた他の客が云う。
「そこへまた罷業を起すというわけか」
 どっと笑う声の上った後《あと》からすぐまた不安な低声がつづいていく。集っている十人のものたちはそれぞれ誰もが左翼らしい雰囲気《ふんいき》であるが、自分の身分が利子生活者のこととて罷業進行の結果は金利が引き下がり、日々直接身に響いていくばかりではない。物価の昂騰《こうとう》につれて右翼の非常手段がいつ爆発するか分らぬ恐れがあった。つまり、梶の眼に映った一同の不安は思想と現実とののっぴきならぬ苦悶《くもん》である。然《しか
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