を頂くやうな真似をした。其処へ黒犬の大きいのが尾を振りながらやつて来て、立ち止つて彼を見た。少し首をかしげてゐる。
(ははア、此奴、豆を盗まうと思つてゐやがるんだな)彼はあわてて豆を食つた。老婆も娘も犬も彼の前から去つた。
 軈て人通りが少くなつた。日が落ちた。淡闇が海を渡つてきた。白帆がもう見えぬ。星が廂の角で光つてゐる。湿つぽりした風が緩く吹いて来た。鳥が海から帰つて来る。畑にはもう人が見えぬ。奥から鐘がゴーンと鳴つて来た。いつもの男が彼の所へ、豆粕と藁とを混ぜた御馳走を槽に容れて持つて来た。彼は残らず平げた。そして男は重い戸をピツタリ落ろした。真暗になつた。外で錠前の音がカチ/\とした。今日も知らない一日を彼は生きた。



底本:「定本横光利一全集 第一巻」河出書房新社
   1981(昭和56)年6月30日初版発行
底本の親本:「文章世界」博文館
   1917(大正6)年7月1日発行、第12巻第7号
初出:「文章世界」博文館
   1917(大正6)年7月1日発行、第12巻第7号
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、旧字、旧仮名の
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