亞比酸を飮みました。この方は死にきれずに、苦しまぎれに山番のところへいつて、水をくれと云つたので、山番に助けられてここへ歸つて來ましたが、もう一つは心中で、あの向ふの氷屋《ひや》のところでありました。この人たちは氷屋《ひや》へ殖林を見にいらつしやいました役人さんに助けられて來たのですが、役人さんが初めここへ一人でいらつしやいましたときに、夕飯を一人前用意しといてくれと云つて、それから氷屋へ湖を渡つて行かれましたのに、歸つて來たときには、三人前にしてくれと仰言るんでございますよ。それでわたくしはお部屋へ來て見ましたら、御夫婦らしい初めてのお客さんがまた二人もいらつしやるんでございませう。それに三人の方は一言も何もお話にならないものですから、役人さんにどうなさいましたのとお訊きしましたら、分つてるぢやないかと仰言るんですの。でも、どうしてここはこんなに、皆さん死にたくなるんでございませう。
隣室では旅人が宿の女中と知り合らしく、酒を飮みながらのべつ幕なしに饒舌つてゐる。それも坐つたときから口を突いて出て來る手練れたからかひに、隣室の女中の笑聲は絶え間がない。僅に得た閑を利用して、出來得
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