んでいた。
その翌日もまた雨は朝から降っていた。街へ通う飛脚の荷車の上には破れた雨合羽がかかっていた。河には山から筏《いかだ》が流れて来た。何処《どこ》かの酒庫《さかぐら》からは酒桶《さかおけ》の輪を叩く音が聞えていた。その日婦人はまた旅へ出ていった。
「いろいろどうもありがとうこざいまして。」
彼女は女の子の手を持って灸の母に礼をいった。
「では御気嫌よろしく。」
赤い着物の女の子は俥《くるま》の幌《ほろ》の中へ消えてしまった。山は雲の中に煙っていた。雨垂れはいつまでも落ちていた。郵便脚夫は灸の姉の所へ重い良人の手紙を投げ込んだ。
夕暮れになると、またいつものように点燈夫が灸の家の門へ来た。献燈には新らしい油が注ぎ込まれた。梨の花は濡れ光った葉の中で白々《しろじろ》と咲いていた。そして、点燈夫は黙って次の家の方へ去っていった。
底本:「日輪・春は馬車に乗って 他八篇」岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年8月17日第1刷発行
1997(平成9)年5月15日第23刷発行
入力:大野晋
校正:伊藤祥
1999年7月9日公開
2003年10月20日修正
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