花を見降している高次郎氏の傍には、いつも囁《ささや》くようなみと子夫人の姿が添って見られた。この二人は結婚してから幾年になるか分らなかったが、私の隣人となって三年目ごろのあるときから、何となくみと子夫人の身体は人目をひくほど大きくなった。
「今ごろになってお子さんが出来るのかしら。加藤さんの旦那さん喜んでらっしゃるわ。きっと」

 こういうことを家内と云っているとき、奇妙なことにまた私の家にも出生の予感があり、それが日ごとに事実となって来た。それまでは、私は年賀の挨拶《あいさつ》に一年に一度加藤家へ行くきりで向うもそれに応じて来るだけだったが、通りで出会う私の家内とみと子夫人のひそかな劬《いたわ》りの視線も、私は謙遜《けんそん》な気持ちで想像することが出来た。
「いったい、どっちが早いんかね。家のか」
 と私はみと子夫人の良人を送り出す声を聞いた朝など家内に訊《たず》ねたこともあったが、加藤家の方が少し私の家より早かった。次ぎに私の家の次男が生れた。すると、二年たらずにまた加藤家の次女が生れた。
 いつの間にか私の家の周囲には八方に家が建ち連り、庭の中へ見知らぬ子供たちの遊びに来る数が
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