ち》の思ひつつ常のつつしみかりそめならず」
 これは囚人を絶えず見守っている人の家に帰った述懐であろうが、この述懐がつもり積って次のような歌となり、人人の心を襲って来るのが一首あった。
「生きの身をくだきて矯《た》めよ囚人《めしうど》の心おのづとさめて来たらむ」
 看守長のなさけはまだこの他にも幾つとなくつづいていた。折にふれてと題して、
「口重き吾《われ》にもあらず今日はまたあらぬ世辞言ひ心曇りぬ」
 この人は心の騒ぐ日、いつも歎き悲しむ歌を詠むのが習慣となっているが、その一つに、
「己が身の調《ととの》はざるか人の非にかくも心のうちさわぎつつ」
 というのがある。私は自分にもこんな日がしばしば来たばかりか、他人の非に出あわぬ朝とて幾十年の間ほとんどないのを思いよくも永年《ながねん》この忍耐をしつづけて来たものだと、我が身をふり返って今さら感慨にふけるのだった。
「上官のあつきなさけに己が身を粉とくだきて吾はこたへむ」
 この歌も高次郎氏を思うと嘘ではなかった。私はこのような心の人物の一人でも亡くなる損失をこのごろつくづくと思うのだが、上官に反抗する技術が個性の尊重という美名を育て始
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