ると思った。してみると彼は、妻の健康の肉体よりも、この腐った肺臓を持ち出した彼女の病体の方が、自分にとってはより幸福を与えられていると云うことに気がついた。
――これは新鮮だ。俺はもうこの新鮮な解釈によりすがっているより仕方がない。
彼はこの解釈を思い出す度に、海を眺めながら、突然あはあはと大きな声で笑い出した。
すると、妻はまた、檻の中の理論を引き摺《ず》り出して苦々しそうに彼を見た。
「いいわ、あたし、あなたが何ぜ笑ったのかちゃんと知ってるんですもの」
「いや、俺はお前がよくなって、洋装をきたがって、ぴんぴんはしゃがれるよりは、静に寝ていられる方がどんなに有難いかしれないんだ。第一、お前はそうしていると、蒼《あお》ざめていて、気品がある。まア、ゆっくり寝ていてくれ」
「あなたは、そう云う人なんだから」
「そう云う人なればこそ、有難がって看病が出来るのだ」
「看病看病って、あなたは二言目には看病を持ち出すのね」
「これは俺の誇りだよ」
「あたし、こんな看病なら、して欲しかないの」
「ところが、俺が譬《たと》えば三分間向うの部屋へ行っていたとする。すると、お前は三日も抛《ほ》った
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