顔色の青くなった彼は、まだ剃刀を研いでは屋根裏へ通い続けた。そしてその間も時々家の者らは晩飯《ばんめし》の後の話のついでに吉の職業を選び合った。が、話は一向にまとまらなかった。
 或日《あるひ》、昼餉《ひるげ》を終えると親は顎《あご》を撫でながら剃刀を取り出した。吉は湯を呑んでいた。
「誰だ、この剃刀をぼろぼろにしたのは。」
 父親は剃刀の刃《は》をすかして見てから、紙の端《はし》を二つに折って切ってみた。が、少し引っかかった。父の顔は嶮《けわ》しくなった。
「誰だ、この剃刀をぼろぼろにしたのは。」
 父は片袖《かたそで》をまくって腕を舐《な》めると剃刀をそこへあててみて、
「いかん。」といった。
 吉は飲みかけた湯を暫く口へ溜めて黙っていた。
「吉がこの間研いでいましたよ。」と姉は言った。
「吉、お前どうした。」
 やはり吉は黙って湯をごくりと咽喉《のど》へ落し込んだ。
「うむ、どうした?」
 吉が何時《いつ》までも黙っていると、
「ははア分った。吉は屋根裏へばかり上っていたから、何かしていたに定《きま》ってる。」
 と姉は言って庭へ降りた。
「いやだい。」と吉は鋭く叫んだ。
「いよ
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