ときで、皆の学童が包を仕上げて礼をしてから出ようとすると、教師は吉を呼び止めた。そして、もう一度礼をし直せと叱った。
 家へ走り帰ると直ぐ吉は、鏡台の抽出《ひきだし》から油紙に包んだ剃刀《かみそり》を取り出して人目につかない小屋の中でそれを研《と》いだ。研ぎ終ると軒へ廻って、積み上げてある割木を眺めていた。それからまた庭に這入《はい》って、餅搗《もちつ》き用の杵《きね》を撫でてみた。が、またぶらぶら流し元まで戻って来ると俎《まないた》を裏返してみたが急に彼は井戸傍《いどばた》の跳《は》ね釣瓶《つるべ》の下へ駆《か》け出《だ》した。
「これは甘《うま》いぞ、甘いぞ。」
 そういいながら吉は釣瓶の尻の重りに縛《しば》り付《つ》けられた欅《けやき》の丸太《まるた》を取りはずして、その代わり石を縛り付けた。
 暫《しばら》くして吉は、その丸太を三、四|寸《すん》も厚味のある幅広い長方形のものにしてから、それと一緒に鉛筆と剃刀とを持って屋根裏へ昇っていった。
 次の日もまたその次の日も、そしてそれからずっと吉は毎日同じことをした。
 ひと月もたつと四月が来て、吉は学校を卒業した。
 しかし、少し
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