たしがあなただつたら、首を縊るより仕方がないわ。」
「もし僕が君だつたら、刑務所へでも這入りたい。」
「ぢや、とてもあなたとは駄目なのね。あたし、こんなことをしてゐても、明日の朝は電車で足を踏まれぬやうに、と思つてゐる人間なの。」
「所が、僕は、君がいたつて好きなんだ。」
「まア、もう少し、お上手にお仰言つたつて。」
「いや、さう云はれると羞しくなるんだが。」
「あたし、あなたのお顔を見てゐると、競子さんに黙つて来たのが残念だわ。」
「競子は競子。」
「能子は能子? ね、あなた、ちよつとこちらを見て頂戴。あたしは今夜は、顔を洗ひに来たんだから、もうシヨツプガールぢやないことよ。まあ、鵞鳥だつて、あんなに優しく二人の前で泳いでゐるし、あたしだつて、ここのボーイを蹴飛すぐらゐなんでもないわ。」
「いや、今夜はなるたけ、音無しくしてゐてくれ給へ。」
「あたしは、あなたが好きなのよ。こんなに、こんなに云つたつて。あらあら、あれはシエラザアト、あなた。ちよつと。」
 能子は石の上に上つてゐる久慈の手を持つて、引き摺り降ろすと、突きあたりながら踊り出した。
「君は、なかなか乱暴だ。」
「だつて、あ
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