謔で圧倒してやるためである。彼女は羽根枕の売上げを久慈の傍まで持つて行つた。
「はい。」
「やア。」
「少しはこちらも見て頂戴。」
「今暫く。」
競子は足先で床を叩いた。香水が三本売れれば三べん久慈のネクタイヘ息を吐きかけることが出来るのだ。だが、此のぼんやりしたシクラメン、オーデコロンは憎々しげに光つてゐる。能子はわざわざ競子の肉感を験べるために前を廻つて帰つて来た。
「急がしさうね。」
「ええ、御覧の通り。」
紙幣行進曲に合せてデパートメントは正午へと沸騰する。エレベーターのボーイは七層の空間を上つたり下つたりしながら、その日の時間を消していつた。
久慈がカウンターヘひつ付いてゐるのは生活のためではない。此のデパートメントの持ち主の道楽息子は永遠の女性を創るがためだ。生活は彼にとつては嘘のやうに方便だ。彼は七層のシヨツプガールを次から次へと舐めてみるシヤベル。永遠の女性は彼に於ては寄り集めて創られる。競子は胴で能子は頭。肩や手足は七階の毛布や机の中で動いてゐる。容子。鳥子。丹子。桃子。鬱子。彼の小使は一ケ月に二万円だ。百貨店の七階から街路へ向かつて振り撒いても、電車や自動車の
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