が、竹林を出てから暫くすると畑なんかは一つもなく、右手は岩ばかりの崖で左手は数百尺の断崖の下でただ波の音がしているだけなのだからどうするわけにもいかないのだ。せめても巾四尺ほどの道から足を踏み外さないだけが一団の儲けもので、今は互に帯を後ろから持ち合ったままひょろひょろして先頭の傘のまにまについていくのであるが、坂を上ったり下ったりうねうねとした道なのでときどき雨がさっと逆さまに下から降って来て、思わず崖の縁へぺったり貼りつけられたように重なったり、伸びたり縮んだり衝きあたったりしながらも茫々と続いた断崖の上を揺れ続けていくのだから、そう食べ物の話ばかりに眼もくらんではいられないのである。そのうちに食べ物の話に夢中になっていた一団のものもいくら饒舌ったって一つも食べられないのに気がついたらしく、一人黙り二人黙り、やがてみんなが黙ってしまうと、ただ病人を背負って歩く足数をその後で数える女の声だけが波の音と風の音との断れ目から聞えて来るだけで、溜息も洩れなければ咳の声さえしなくなって、みな誰も彼も一様にこれはもう暫くたてばどんなになるのかと恐怖に迫られ出した沈黙が、手にとるようにはっきりと
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