家族を訪ねに出かけてみた。ところが、ここがそろそろ空襲に見舞はれ出し、街は疎開騒ぎでごった返しの最中だった。どの家からも荷を積み上げた荷車が街を離れて四方へ散った。ある日の午後、私は古本屋へ入り、残り少くなった屑本類を引っくり返して見てゐると、底から一冊ぼけた絵本が出て来た。見ると、これがまたアンリ・ルッソオの画集であった。私はここでも埃を払ひ、懐へ押し込んで家へ戻り、一日その絵を眺め暮した愉しさを忘れない。七月の空はよく晴れてゐて、枝に透いた杏《あんず》の実の丸い黄色が、私は、このときほど果実のまるい美しさを見たことがない。そこへ、B29[#「29」は縦中横]の銀色の羽根がナイフのようにやって来た。膝の上に展いてみてゐたルッソオの絵は、空の杏の実に戯れる鳥のやうな童心に溢れてゐる。まったく、かうして――現実をぱったり停めて見ると、眼にするものすべて尽く絵か観念かのどちらかだった。鳥飛んで鳥に似たりであった。
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子は
絵本に
電車を見つけると
その上に乗って
足をバタバタさせるのだ(花電車と子)
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冬になって私はまた東京へ戻って来た。
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