という理由も解らずに、しかも計算せずにはいられない人間の不必要な奇妙な性質《たち》の中に、愛はがっしりと坐っている。帳場《ちょうば》の番頭《ばんとう》だ。そうではないか?」
とにかく彼は幸子に触れずに終日見張りをしていなければならなかった。この仕事はなかなか神経を疲らせた。そうかといって、姉が彼の番を信用して溜っているいろいろの仕事にかかっている以上彼は姪を抛《ほ》っておくわけにはいかなかった。うかうか本に読み耽《ふけ》っているともう彼女は母を捜そうとして壁を伝いながら危険な腰つきで縁側《えんがわ》や上《あが》り框《かまち》の端へ行き、「ばア、ばア。」といいながら見えない向うの庭の方を覗《のぞ》こうとする。すると、彼は泣くのもかまわず室《へや》の中へ連れて来る。また出る。また連れ込む。こんなことを一日に幾回となく繰り返す。全く彼は幸子と一緒にいると遊ぶことも出来なければ、自分の仕事も出来なかった。ただ彼女の見える室の中に坐っていらいらしながらぼんやりしているより仕方がなかった。時々それが耐えられなくなると、彼は声を張り上げて幸子の周囲を躍《おど》りながら呼吸の続く限り馳け廻った。する
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