と、姉は丁度|躑躅《つつじ》をひき抜こうとしている両肱《りょうひじ》を下腹にあてがって後へ反《そ》り返《かえ》ろうとしている所であった。彼は姉の大切な腹の子供に気がついて跳ね起きた。
「よせ。」
彼は馳《か》けていって姉を押しのけると自分でその躑躅をひいてみた。根はなかなか堅かった。
「堅いやろ。二人かかるとええわ。」
そう姉はいってまた躑躅に手をかけようとした。
「行こう行こう。」
彼が姉の手を持ってもとの所へ戻ろうとすると、姉は未練そうに後を見返りながら、
「もうじき綺麗《きれい》な花が咲くえ。あれ餅躑躅《もちつつじ》え。葉がねばねばするわ。ああしんど。」といった。
彼は姉の下腹を窺《うかが》った。躑躅をひくときの姉の様子を浮かべると、肱で子供が潰《つぶ》されていそうに思えてならなかった。しかし、それをどうして吟味《ぎんみ》してよいものか分らなかった。姉に訊いてみることも羞しくて出来ないし、これは困ったことになったと彼は思った。
姉は足もとの処でまた一本小さな躑躅を見つけると、
「末っちゃん、これなら引けるえ。」といってその方へ寄りかけた。
「うるさい。」と彼は叱った。
「たまに来たのに一本ぐらい引いて帰らにゃもったいない。」
「もう帰るんだ。」
「もう帰るん?」姉は彼の顔を見ると、
「何アんじゃ。」といって笑い出した。
彼は黙ってさきになって歩いた。実際彼には姉の腹のことがひどく気になり出した。もうそれ以上遊ぶ気がしなくなった。
「お腹すかないか。」
と彼は不意に姉に訊いてみた。空《す》いていると答えれば、幾分か肱で腹の子供を押し潰したそれだけ空いているのだとそんな他愛もない考えから訊いたのだが、姉は空かないと答えた。しかし無論その答えだけでは承知が出来なかった。
「俺《おれ》はちょっと腹が痛いんだ。姉さん処の昼の肴《さかな》が悪かったんじゃないかね。姉さんは?」
と彼は訊《たず》ねた。
姉は顔を顰《しか》めるようにして彼を見ながら、
「私《うち》どうもないえ、ひどう痛むの?」と訊き返した。
姉も痛むといえばまた姉の腹部の子供に触《さわ》りが出来ているにちがいないという考えから、彼はそういうかけひきで訊いたのだった。ところが姉の腹は痛んでいなかった。少し安心が出来かけるとまた親の腹部の感覚と子供の感覚とは全く別物だと
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