では、日光浴をしている白い新鮮な患者たちが坂に成った果実のように累々《るいるい》として横たわっていた。
彼は患者たちの幻想の中を柔かく廊下へ来た。長い廊下に添った部屋部屋の窓から、絶望に光った一列の眼光が冷たく彼に迫って来た。
彼は妻の病室のドアーを開けた。妻の顔は、花瓣に纏《まと》わりついた空気のように、哀れな朗かさをたたえて静まっていた。
――恐らく、妻は死ぬだろう。
彼は妻を寝台の横から透《す》かしてみた。罪と罰とは何もなかった。彼女は処女を彼に与えた満足な結婚の夜の美しさを回想しているかのように、端整な青い線をその横顔《プロフィール》の上に浮べていた。
二
彼と妻との間には最早《もはや》悲しみの時機《じき》は過ぎていた。彼は今まで医者から妻の死の宣告を幾度聞かされたか分らなかった。その度に彼は医者を変えてみた。彼は最後の努力で彼の力の及ぶ限り死と戦った。が、彼が戦えば戦うほど、彼が医者を変えれば変えるほど、医者の死の宣告は事実と一緒に明克《めいこく》の度を加えた。彼は萎《しお》れてしまった。彼は疲れてしまった。彼は手を放したまま呆然《ぼうぜん》たる蔵
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