指でオカサンハ、と書いた。もう昨夜の事は夢だとは思えなかった。急に母を擲《なぐ》りつけたくなった。その時彼は砂の中に透明な桃色をしたゴマの砂粒を見付けた、彼はそれを手の平で拭《ふ》いてよく眺めていると何か貴い石にちがいないと思った。
「金剛石《ダイヤモンド》や!」
フと彼はそう思うとほんとうの金剛石のような気がした。するといよいよ金剛石だと思われた。彼はそれをすかして見てからもとあった砂の上へ置いてみた。しかし、暫く見詰《みつ》めていると外《ほか》の砂と入り交って分らなくなりそうになったので直《いそ》いでまた取り上げた。眼が些っと痛かった。
彼はだんだん嬉しくなって来た。小刀が買える、カバンが買える、とそう思った。が、直ぐその後に姉のことを思い浮べると、小刀もカバンも飛び去って、ただこの金剛石を持っているということばかりで姉が家へ帰って来られるような気がして来た。もうじっとしていられなかった。
そこへ米より三つ上の辰《たつ》という子が帰って来た。
「金剛石やぞ、これ。」
米は些っと砂粒を差し出すと直ぐ背後へ廻した。
「嘘《うそ》いえ。」と辰はいった。
米は金剛石を見せず
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