どっちが好きや、うん。」と訊《き》いた。
「知らんわい。」
米は仰向《あおむ》きになった叔父の膝の上へ寝そべってそういった、そして叔父の鼻の孔《あな》は何《な》ぜ黒いのだろうと考えた。
「知らん、阿呆なこといえ、お父つァんはもう嫁さん貰《もろ》うてござるぞ、どうする、ん?」と叔父は覗き込んだ。
米は腹を波形に動かして「ちがうわい、ちがうわい。」といった。しかし叔父のいう事は真実のように思われて、もう父は帰って来ないような気がして来た。母とさえ一緒にいる事が出来れば父の帰って来る来ないはそう心にかからなかった。すると、黙って叔父の手の皮膚を摘《つ》まみ上《あ》げていた彼は急に母が昨夜男と寝た事を自分が知っているのを気使って自分の留守に死んでいはすまいかと思われた。その中《うち》に涙が出て来た。で、草履を周章《あわ》ててはいて黙って帰ろうとすると、叔父は「何んじゃ米。」といった。けれど彼はやはり黙って表へ出ると馳け出した。
家へ帰った時母は鑵詰を米から受け取って「お前まアこの間|着返《きが》えた着物やないか。」
と睥《にら》んだ。彼の着物の胸から腹へかけて鑵詰の汁が飛白《かすり
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