の巣を遂に叩《たた》き壊《こわ》して帰って来た。そこへ母が奥から出て来て魚屋の通帳を彼に渡して牛肉の鑵詰《かんづめ》を買って来いと命じた。米は母の顔が少し赤いと思った。そして外へ出る時庭に見馴《みな》れない綺麗な下駄を一足見付けた。彼は畳のような下駄だと思って履《は》こうとすると、母は「これ。」と顎を引いた。
米の家と魚屋とは親戚であったし、馴れていた。それでそこの魚屋の主人は米は障子を開ける前に、きっと叔父《おじ》さんは常日《いつ》ものように笑っているだろうと思って覗いて見たが、独人《ひと》りで恐い顔をして庭の同じ処を見詰めていた。米は今日は膝の上へ乗れないと思ったが、障子を開けると直ぐ叔父はニコニコした。
「鑵詰、牛肉のや今日は。」
米がそういうと叔父は笑いながら立って鑵詰棚へ手を延ばして「どうしたのや、先生が来たんやな。」といった。
米は家の庭にあった畳のような下駄は刺繍の先生のだなと思った。「どうや知らん。」と答えた。
叔父は鑵詰の口を開けながら風呂《ふろ》へ入れてやろうかといった。米は「やめや。」といった。すると叔父は突然、「どうや米、お前先生とお父《とっ》つァんと
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