暮さないでもよいものを一生淋しく暮さねばならないのだ。お前はたとひ自分のしたことが正当だと思つても、死人の妻や子供はいつまでもお前を恨んでゐるにちがひない。矢張りお前に殺されたのだと思つてゐるにちがひない。それはお前がいくら正当だと云ひ張つたにしろ、さうは思ふまい。矢張り殺したのはお前であつて他の誰でもないのだからな。」
判事は被告の頭が垂れ下つて行くのを眺めてゐた。
「ここだツ。」と判事は思つた。彼は勝ち誇つた気持ちになつた。「お前はその男を突き飛ばしたのであらう。」と云ひたかつた。が、そのとき、被告は急に頭を上げると怒つたやうな表情をして判事を睥んだ。すると、突然腹痛でも起つたかのやうに彼の顔が顰み出すと、涙が頬を伝つて落ち始めた。
「私が殺しました。はい殺しました。」
何かに引つかかるやうな声でさう被告は云つた。判事は訳の分らぬ昂奮を感じて来た。
「お前はまだ踏切番がしたいかな。」と判事はまるきり心にもないことを訊いた。
被告は椅子の上へ腰を降すと頭をかゝへ込んだまゝ答へなかつた。
判事はかうも手易く誘ひ込まれて来た被告を思ふと、急に今迄の勝ち誇つた気持ちが薄らぐのを感じ
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