つてゐる。
「可哀さうに。まだ若い男だが、この創は直らない。」
 フアウヌスは踊子の砕けたのを見て、暫くは茫然として動かずにゐた。やうやうの事で自分のした事が分かると、どしりと膝を衝いて、荒々しい絶望の挙動をし始めた。その内に飾棚の中では、フアウヌスに対する公憤が絶頂に達した。一同この悪《にく》む可き犯罪者の為めに、刑罰を求めて已まなかつた。
 その刑罰は程なく実現した。二三日立つと飾箱の前へ大きな翁《おきな》が出て来た。どこやら公爵に似た顔付である。さて自分の所有の美術品を見ると、非常な狼藉がしてあるので、勃然として怒《いか》つた。誰が狼籍者であるかといふ事は、直ぐに分かつた。フアウヌスは誰が見ても怪むやうな、絶望の様子をしてゐたのである。翁はフアウヌスを飾箱から撮み出して、その日の内に棄売《すてうり》に売つてしまつた。それからといふものは、フアウヌスは次第に落ちぶれて行くばかりである。恥かがやかしい競売《せりうり》に遭ふ。日の目も当らない、五味だらけの隅に置かれて蜘蛛のいに掛かる。とうとうなんだか見定めの附かない物になつて、陶器の欠けや、古鉄《ふるかね》や、廃《すた》れた家の先祖の
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