ゐる間は※[#「日/咎」、第3水準1−85−32]《ひかげ》の移るのを忘れてゐた。さあ。これからはどうして暮したものだらう。己の感情の焔を、氷のやうな冬の息に捧げなくてはならぬのか。ああ。クサンチスや。クサンチスや。己はお前に縛られた奴隷であつたが、その縛《ばく》が解けて、自由を得て見れば、己は自由の為めに泣きたくなつた。」
公爵は夜どほし鬱々と物を案じてゐた。涙を翻《こぼ》すまいと思つて我慢してゐるのに、その涙が頬の上を伝はつて流れた。一旦癒えてゐた昔の創が一つ一つ口を開くのが分かつた。左の足が痛んで来た。夜の明方に、白粉《おしろい》で粧《よそほ》つた、綺麗な首が接ぎ目からころりと落ちた。
青年音楽家はクサンチスの死んだ事を聞くや否や、気を失つて、気が付いて、又気を失つて、とうとう台の上からころがり落ちた。落ちる拍子に、孔雀石《くじやくせき》のインキ壺の角に打つ付かつて、頭が割れて、その儘インキ壺の傍に倒れてゐた。それを、側にゐた素焼の和蘭《オランダ》人が二人で抱き起したのが、丁度公爵の首の落ちたのと同時であつた。和蘭人は二人とも人の好い、腹のふくらんでゐる男である。そしてかう云
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