音楽家が和する。
「神々しい。」
「理想的だ。」
 こんな風に二人は鼬ごつこをして褒めちぎる。それをフアウヌスは傍の柱に寄り掛かつて、非常に落ち着いた態度で、右から左へと見比べて、少し伸びた髭を撚《ひね》つてゐる。
 日が暮れて、女は自分の台の上に帰つて、寝支度に髪をほどきながら、一日中にした事を、心の中で繰り返して見ると、どうしても多少の己惚《うぬぼれ》の萌すのを禁ずる事が出来ない。此女には好い癖があつて、寝る前にはきつと踊りの守護神たる、慈悲深いアルテミスに祈祷をする。それが済んで、神様の恩を感じて、軽い溜息をする。それから肱を曲げて、その上に可哀《かはい》らしい頭を載せて穏かに眠るのである。
 あゝ。クサンチス姉えさん。お前さんは神様の恩を知つてゐる積りでゐるが、実はまだその恩といふものが、どれ丈の難有みのあるものだか知らないのだよ。成程お前さんは、勝利の車を、あの、女の世話をする人の中で、一番貴族的な公爵に輓《ひ》かせてゐる。それからあの多情多恨の藝術家たる青年に輓かせてゐる。それからあの強い力の代表者たるフアウヌスに輓かせてゐる。そしてこの一々趣を異にしてゐる交際が、譬へば上
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