前《このぜん》牛飼君が内閣の椅子を占められた時、警部長の内命を受けたが、大丈夫|豈《あに》田舎侍を甘んぜんや。己《おれ》は首を掉《ふ》つて受けなかつた。牛飼君も大いに心配してナ、それから警保局長ならと略《ほ》ぼ相談が纏まつた処が、内閣は俄然瓦解しおつた……」
「呀《おや》/\ッ!」
「機一髪を仕損じたが、区々たる俗吏は丈夫の望む処で無い。官を棄つる事弊履の如しで……」
「尚だ官に就かんのぢやないか。」
「能く交《ま》ぜ返す奴ぢや。小説家志願だけに口の減らぬ男ぢやナ。併し汝が瘠肱を張つて力んでも小説家ぢやア銭が儲からんぞ。」
「政治家でも銭が儲からんぞ。」
「馬鹿を云へ。衆議院議員は追付《おつゝ》け歳費三千円になる、大臣の年俸は一万二千円になる筈ぢや。」
「其時は小説の原稿料が一部一万円位になる。」
「懸賞小説は矢張十円ぢやらう。」
「壮士の日当は一円だ。」
「はッはッはッ、新聞配達が何云ひくさる……」
「ごろつき壮士が……。」
「何ぢやと……。」
と鉄拳将に飛ばんとする時、隅の方に蹌《うづく》まつた抱巻《かひまき》がムク/\[#「ムク/\」に傍点]と持上つて、面長な薄髯の生へた愛嬌のあ
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