つて四海に号令するは男子の大愉快ぢやないか……」
「それはナ天下の権を握つたら愉快だらうが、」と懸賞小説家は流盻《ながしめ》に冷笑しつ。「君等《きみたち》のやうな壮士の仲間入りは感服しないナ。」
「何ぢや、失敬な事|吐《ぬ》かす、」と肱枕君は勃《むつく》と起直りて故《わざ》とらしく拳を固め、「伊勢武熊は壮士の腐つたのぢやないぞ。青年団体の牛耳を握りおる当今の国士ぢや、」と言掛けたが俄に張合抜けしたやうに拳を緩めて、「そぢやが汝のやうな腰抜には我々|燕趙悲歌《えんてうひか》の士の心事が解りおるまい。斯うして汝等と同じ安泊《やすどまり》に煤《くす》ぶりおるが、伊勢武熊は牛飼君の股肱《ここう》ぢやぞ。牛飼君が内閣を組織した暁は伊勢武熊も一足飛に青雲に攀ぢて駟馬《しば》に鞭《むちう》つ事が出来る身ぢや。白竜《はくりゆう》魚服《ぎよふく》すれば予且《よしよ》に苦めらる。暫らく、志を得ないで汝のやうな小説家志願の新聞配達と膝組《ひざぐみ》で交際ひおるが……」
「ふッふッふッ。」
「何笑ひおる、」と伊勢武熊は真摯《まじめ》に力味《りきみ》返つて、「功名《こうみやう》咄《ばなし》をするやうぢやがナ、此
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