つて四海に号令するは男子の大愉快ぢやないか……」
「それはナ天下の権を握つたら愉快だらうが、」と懸賞小説家は流盻《ながしめ》に冷笑しつ。「君等《きみたち》のやうな壮士の仲間入りは感服しないナ。」
「何ぢや、失敬な事|吐《ぬ》かす、」と肱枕君は勃《むつく》と起直りて故《わざ》とらしく拳を固め、「伊勢武熊は壮士の腐つたのぢやないぞ。青年団体の牛耳を握りおる当今の国士ぢや、」と言掛けたが俄に張合抜けしたやうに拳を緩めて、「そぢやが汝のやうな腰抜には我々|燕趙悲歌《えんてうひか》の士の心事が解りおるまい。斯うして汝等と同じ安泊《やすどまり》に煤《くす》ぶりおるが、伊勢武熊は牛飼君の股肱《ここう》ぢやぞ。牛飼君が内閣を組織した暁は伊勢武熊も一足飛に青雲に攀ぢて駟馬《しば》に鞭《むちう》つ事が出来る身ぢや。白竜《はくりゆう》魚服《ぎよふく》すれば予且《よしよ》に苦めらる。暫らく、志を得ないで汝のやうな小説家志願の新聞配達と膝組《ひざぐみ》で交際ひおるが……」
「ふッふッふッ。」
「何笑ひおる、」と伊勢武熊は真摯《まじめ》に力味《りきみ》返つて、「功名《こうみやう》咄《ばなし》をするやうぢやがナ、此前《このぜん》牛飼君が内閣の椅子を占められた時、警部長の内命を受けたが、大丈夫|豈《あに》田舎侍を甘んぜんや。己《おれ》は首を掉《ふ》つて受けなかつた。牛飼君も大いに心配してナ、それから警保局長ならと略《ほ》ぼ相談が纏まつた処が、内閣は俄然瓦解しおつた……」
「呀《おや》/\ッ!」
「機一髪を仕損じたが、区々たる俗吏は丈夫の望む処で無い。官を棄つる事弊履の如しで……」
「尚だ官に就かんのぢやないか。」
「能く交《ま》ぜ返す奴ぢや。小説家志願だけに口の減らぬ男ぢやナ。併し汝が瘠肱を張つて力んでも小説家ぢやア銭が儲からんぞ。」
「政治家でも銭が儲からんぞ。」
「馬鹿を云へ。衆議院議員は追付《おつゝ》け歳費三千円になる、大臣の年俸は一万二千円になる筈ぢや。」
「其時は小説の原稿料が一部一万円位になる。」
「懸賞小説は矢張十円ぢやらう。」
「壮士の日当は一円だ。」
「はッはッはッ、新聞配達が何云ひくさる……」
「ごろつき壮士が……。」
「何ぢやと……。」
と鉄拳将に飛ばんとする時、隅の方に蹌《うづく》まつた抱巻《かひまき》がムク/\[#「ムク/\」に傍点]と持上つて、面長な薄髯の生へた愛嬌のあ
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内田 魯庵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング