凡《へぼ》小説を捻くる間《ひま》に少《ちつ》と政治運動をやつて見い。」
「はッはッ、僕は大に君と説が異《ちが》う。君は小説を能《よ》く知らんから一と口に戯作と言消して了うが、小説は科学と共に併行して人生の運命を……」
「措《お》いて呉れ、措いて呉れ、小説の講釈は聞飽きた、」と肱枕の書生は大|欠伸《あくび》をしつゝ上目《うはめ》で眤《じつ》と瞻《みつ》めつ、「第一、汝、美が如何《どう》ぢやの人生が如何ぢやのと堕落坊主の説教染みた事を言ひくさるが一向|銭《ぜに》にならんぢやないか?」
「今度は当選る、」と懸賞小説家は得意な微笑を口辺《くちもと》に湛へつ断乎たる語気で、「三月《みつき》以来《このかた》思想を錬上げたのだから確に当選る。之が当選らぬといふ理由は無い……」
「汝は自慢ばかりしおるが一度も当選つた事は無いぞ。併し当選つた処で奈何する、一年に二度や三度、十円や十五円の懸賞小説が取れたッて飯は食へんぞ。」
「勿論僕は筆で飯を喰ふ考は無い。」
「筆で飯を喰ふ考は無い? ふゥむ、夫《それ》ぢやア汝は一生涯新聞配達をする気か。跣足《はだし》で号外を飛んで売つた処で一夜の豪遊の足《たし》にならぬヮ。」
「僕は豪遊なんぞしたくない。斯《か》うして新聞配達をしながら傍《かたは》ら文学を研究してゐるが、志す所は一生に一度不朽の大作を残したいのだ。飯喰《めしくひ》の種《たね》は新聞配達でも人力車夫でも立ちん坊でも何でも厭はないのだ。」
「吝《けち》な野郎ぢやナ。一生に一度の大作を残して書籍館《しよじやくゝわん》に御厄介を掛けて奈何する気ぢや。五体満足な男一匹が女や腰抜の所為《まね》をして筆屋の御奉公をして腐れ死をして了つては国家に対する義務が済むまい。なッ亀井。俺の忠告に従つて文学三昧も好い加減に止めにして政治運動をやつて見い。奈何ぢや、牛飼君の許《とこ》から大に我々有為の青年の士を養うと云ふて遣《よこ》したが、汝、行つて見る気は無いか。牛飼君は士を待《たい》するの道を知りおる。殊に今度の次の内閣には国務大臣にならるゝ筈ぢやから牛飼君の客《かく》となるは将に大いに驥足《きそく》を伸ぶべき道ぢや。」
「僕は政治家は嫌ひぢや。」
「なにッ、政治家は嫌ひぢや、」と呆れたやうに眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85、46−10]《みは》つて、「汝は能く/\な腰抜けぢやナ。天下の権を握
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