青い罫や赤い罫の帳面と睨めくらしなくても自働車の音には毎日脅かされている。ガソリンの臭いや塵埃を浴びせられても平気になってるほど仙人にはなれない。
 ▲我々は市中に生れて市中に育ったものだ。身体《からだ》の習慣が市街生活に馴らされておる。空気が良いというような単純な理由で郊外生活を楽む事は出来ない。其の市外の子なる我々が経済上の圧迫で市外に駆逐されて、拠ろなしに電車の便利を口にしなけりゃならんのだ。交通の便利という満足の中に悲哀が含まれておる。
 ▲人口が過剰すると淘汰が行われる。限りある都市の地積が一杯になると四捨五入して余分を市外に掃出さねばならない。交通の便利というは此淘汰を行う為めの準備であって、四捨五入で弾き出される我々は電車に乗るべき任務を背負わせられるのだ。
 ▲電車のお客様の大多数は我々階級のものである。我々以下の労働者の為めには特に割引車というものがあるから乗客の大多数は我々階級のもの、即ち既に市から掃出されたか、或は早晩掃出さるべき運命を持ってるものである。其都市の劣敗者――というのが悪るければ弱者――が毎日電車に乗って市の重大なる財源の供給者となっている。
 ▲交
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