ました。』
 シーボルトの名は日本の文明の起源に興味を持つものは皆知ってる筈である。葡萄牙《ポルトガル》のピントー以来日本に渡来した外人は数限りも無いが、真に学者として恥かしからぬ造詣を蓄えて、学術研究の真摯《まじめ》な目的を抱いて渡来し、大にしては世界の学界に貢献し、小にしては日本の文明にも亦寄与したものはシーボルト一人であった。シーボルトが若し渡来しなかったら、日本の蘭学や本草学はアレ程に発達しなかったであろうし。又日本の動植物や特殊の文明も全然欧洲人に理解されていなかったであろう。其のシーボルトの『日本動植物譜』は特に我が文明の為に紀念すべき書たるに留まらず、古今の博物書中の大著述の一つで、殊に日本に関する博物書としては今猶お権威を持ってる名著である。且初版以後一度も覆刻されなかった故、今日では貴重な稀覯書として珍重されて、倫敦時価一千円以上である。且又其価は年々騰貴するから、幾年後には何千円を値いするようになるかも計られない。日本では、伊藤圭介翁の遺書が大学の書庫に収められてる筈であるが、其外に恐らく五部と無いものであろう。
 此のシーボルトの『動植物譜』は先年倫敦の某稀覯書肆
前へ 次へ
全26ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
内田 魯庵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング