ぜん》に hypnotize《ヒプノタイズ》 さる※[#二の字点、1−2−22]ものは文学者《ぶんがくしや》なり。文学者なる哉[#「文学者なる哉」に傍点]、文学者なる哉[#「文学者なる哉」に傍点]。
我れ三文字屋《さんもんじや》金平《きんぴら》夙《つと》に救世《ぐせい》の大本願《だいほんぐわん》を起《おこ》し、終《つひ》に一切《いつさい》の善男《ぜんなん》善女《ぜんによ》をして悉《ことごと》く文学者《ぶんがくしや》たらしめんと欲《ほつ》し、百で買《か》ツた馬《むま》の如くのたり/\[#「のたり/\」に傍点]として工風《くふう》を凝《こら》し、虱《しらみ》を捫《ひね》る事一万疋に及びし時|酒屋《さかや》の厮童《こぞう》が「キンライ」節《ふし》を聞いて豁然《くわつぜん》大悟《たいご》し、茲に椽大《えんだい》の椎実筆《しひのみふで》を揮《ふるつ》て洽《あまね》く衆生《しゆじやう》の為《ため》に為《ゐ》文学者《ぶんがくしや》経《きやう》を説解《せつかい》せんとす。
右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり[#「右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり」に傍点]。我が抜苦《ばつく》与楽《よらく》の説法《せつぱう》を疑《うたが》ふ事なく一図《いちづ》に有《あり》がたがツて盲信《まうしん》すれば此世《このよ》からの極楽《ごくらく》往生《おうじやう》決《けつ》して難《かた》きにあらず。銀価《ぎんか》の下落《げらく》を心配《しんぱい》する苦労性《くらうしやう》、月給《げつきふ》の減額《げんがく》に気《き》を揉《も》む神経《しんけい》先生《せんせい》、若《もし》くは身躰《からだ》にもてあます食《しよく》もたれの豚《ぶた》の子《こ》、無暗《むやみ》に首《くび》を掉《ふ》りたがる張子《はりこ》の虎《とら》、来《きた》つて此|説法《せつぱう》を聴聞《ちやうもん》し而してのち文学者《ぶんがくしや》となれ。朝飯前《あさめしまへ》の仕事《しごと》にして天下《てんか》を驚《をどろ》かす事|虎列刺《コレラ》よりも甚《はなは》だしく天下《てんか》に評判《ひやうばん》さる※[#二の字点、1−2−22]事|蜘蛛《くも》男《をとこ》よりも隆《さか》んなるは唯其れ文学者あるのみ[#「文学者あるのみ」に傍点]、文学者あるのみ[#「文学者あるのみ」に傍点]。



底本:「日本の名随筆60 愚」作品社
   1987(昭和62)年10月25日第1刷発行
   1990(平成2)年6月30日第5刷
底本の親本:「文学者となる法」右文社
   1894(明治27)年4月
入力:奥村正明
校正:菅野朋子
2000年8月1日公開
2005年12月9日修正
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