`協会の諸君などが二十人あまり押寄せた。最後に予の女児真柄が、一年五個月の覚束なき足取にて、隣家のおばさんなる福田英子氏と、親戚のおじさんなる小林助市氏とに、両手をひかれながらやって来た。予は初めて彼が地上を歩むを見た。そして彼はすでに全く予を見忘れていた。
かく親しき顔がそろうて見れば、その中に秋水の一人を欠くことが、予にとっては非常の心さびしさであった。彼はその病床より人に托して、一書を予に寄せた。「早く帰って僕のいくじなさを笑ってくれ」とある。笑うべき乎、泣くべき乎。一人は閑殺せられ、一人は忙殺せられ、而して二個月後の結果がすなわちこれであるのだ。
予はそれより諸友人に擁せられて野と畑との緑を分け、朝風に吹かれながら池袋の停車場に来た。プラットフォームに立ちて監獄を顧み、指点して諸友人と語るとき、何とはなしに深き勝利の感の胸中に湧くを覚えた。
新宿の停車場に降りれば、幸徳夫人が走り寄って予を迎えてくれた。停車場より予の家まで僅か四五丁であるが、その道が妙に珍しく感じられる。加藤眠柳君から獄中に寄せられた俳句「君知るや既に若葉が青葉した」とあったのがすなわちそれだ。わが家に入
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