ォには、監獄は実に一種の理想郷である。予が休養のため理想郷に入るといったのも、またけっして嘘ではなかった。しかしながらまた、この理想郷を他の一面より見るときは全く別種の観が眼前に現われて来る。

   一五 看守

 監獄の住民は囚人ばかりではない。ほかに看守というものがある。看守は囚人を戒護する官吏であるが、その境遇の気の毒さは決して囚人に劣るものではない。ある老看守はかつて予に語っていわく、「午前三時に起きて、三時半に家を出て、四時に監獄に着いて、四時半から勤務しはじめて、一時間半ごとに三十分ずつ休憩して、午後六時半の閉監まで勤務して、それからあと仕舞をして家に帰ると七時半ぐらいになる。靴も脱がずに縁側に腰かけていると、ホンの暫くの間だけわが家の庭の景色を薄光に見ることができる。湯などにはめったにゆく暇がない、二週間に一度の休みはたいがい寝て暮します」と。しかして彼らの俸給は僅々十二円か十五円にすぎぬのである。
 看守と囚人とを別々に見れば、共に気の毒なる境遇の人々であるが、さてこの二人種の関係を考えてみれば、滑稽といおうか、馬鹿馬鹿しいといおうか、更にこれを悲惨といおうか、予はこ
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