凾ヘ殊に予の注意を惹いた。
 伝習録からはあまり得るところがあったとも思われぬ。ブリスの「社会改良百科字典」は、その題目の多きとその趣味の広きとにおいて、予の獄中生活を慰めてくれたこといくばくか知れぬ。殊に「犯罪学《クリミノロジー》」「刑罰学《ペノロジー》」などに関する多少の知識を、囚人として獄中に得たのは、深くこの書に謝せねばならぬ。
 ナッタルの字書の功労は今更いうにもおよぶまい。ある時のごときは退屈のあまり、この字書の挿画を初めから終まで一々ていねいに見てしまったことがある。

   一二 役、労働時間、工賃

 予はみずから役に就かなんだので、役の実際はよくわからぬが、何にせよ、七個の工場で種々なる労働をやっている。鍛冶屋もあれば靴屋もある。寝台をこしらえているものもあれば、ズックの靴をこしらえているのもある。足袋の底を織っているのもあれば、麻縄をよっているものもある。馬鈴薯やソラ豆をつくっているのもあれば、洗濯をやっているのもある。便所掃除のごとき汚い役まわりもあれば、炊所係のごとき摘み食いのできる役廻りもある。いずれもその才能、性情等に応じて申し渡されるので、異存を申し立て
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