、折ふし怪《け》しからぬお噂《うわさ》をする事があって、冬の夜、炉《ろ》の周囲《まわり》をとりまいては、不断《ふだん》こわがってる殿様が聞咎《ききとが》めでもなさるかのように、つむりを集めて潜々声《ひそひそごえ》に、御身分違《おみぶんちがい》の奥様をお迎えなさったという話を、殿様のお家柄にあるまじき瑕瑾《きず》のようにいいました。この噂を聞いて「それは嘘だ、殿様に限ってそんな白痴《たわけ》をなさろうはずがない」といい罵《ののし》るものもありましたが、また元の奥様を知っていた人から、すぐに聞《きい》たッて、一々ほんとうだといい張る者さえあったんです。その話というはこうなんです。
人の知らない遠い片田舎に、今の奥さまが、まだ新嫁《にいよめ》でいらしッたころ、一人の緑子《みどりご》を形見《かたみ》に残して、契合《ちぎりあっ》た夫が世をお去りなすったので、迹《あと》に一人|淋《さび》しく侘住《わびずま》いをして、いらっしゃった事があったそうです。さすがの美人が憂《うれい》に沈《しずん》でる有様、白そうびが露に悩むとでもいいそうな風情《ふぜい》を殿がフト御覧になってからは、優《ゆう》に妙《たえ
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