来るどころではなく、御門をお通りになる度《たび》ごとに徳蔵おじが「こわいから隠れていろ」といい/\しましたから、僕は急いで、木の蔭《かげ》やなんかへかくれるんです。ですがその奥さまというのが、僕のためにはナンともいえない好《い》い方で、その方の事を考えても、話にしても、何だか妙に嬉《うれ》しいような悲しいような心持がして来るんです。美人といえばそれまでですが、僕はあんな高尚な、天人《てんにん》のような美人は見た事がないんです。先《まず》下々《しもじも》の者が御挨拶《ごあいさつ》を申上ると、一々しとやかにお請《うけ》をなさる、その柔和でどこか悲しそうな眼付《めつき》は夏の夜の星とでもいいそうで、心持|俯向《うつむ》いていらっしゃるお顔の品《ひん》の好さ! しかし奥様がどことなく萎《しお》れていらしって恍惚《うっとり》なすった御様子は、トント嬉《うれし》かった昔を忍ぶとでもいいそうで、折ふしお膝《ひざ》の上へ乗せてお連《つれ》になる若殿さま、これがまた見事に可愛《かあい》い坊様なのを、ろくろくお愛しもなさらない塩梅《あんばい》、なぜだろうと子供心にも思いました。
 近処《きんじょ》のものは
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