い音は、今に思出されます。折ふし徳蔵おじは椽先《えんさき》で、霜《しも》に白《しら》んだ樅《もみ》の木の上に、大きな星が二つ三つ光っている寒空をながめて、いつもになく、ひどく心配サうな、いかにも沈んだ顔付《かおつき》をしていましたッけが、いつか僕のいる方を向て、「ナニ、奥《おく》さまがナ、えらい遠方へ旅に行《いら》しッて、いつまでも帰らっしゃらないんだから、逢《あい》に来《こ》いッてよびによこしなすったよ」と気のなさそうにいいました。何か仔細《しさい》の有そうな様子でしたが問返しもせず、徳蔵おじに連《つれ》られるまま、ふたりともだんまりで遠くもない御殿の方へ出掛《でかけ》て行ましたが、通って行く林の中は寂《さびし》くッて、ふたりの足音が気味わるく林響《こだま》に響くばかりでした。やがて薄暗いような大きい御殿へ来て、辺の立派なのに肝《きも》を潰《つぶ》し、語らえばどこまでもひびき渡りそうな天井を見ても、おっかなく、ヒョット殿さまが出ていらしッたらどうしようと、おそるおそる徳蔵おじの手をしっかり握りながら、テカテカする梯子段《はしごだん》を登り、長いお廊下を通って、漸《ようや》く奥様のお寝
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