憶しておいで」と、心を一杯|籠《こ》めて仰ったのを、訳はよく分らないでも、忘れる処か、今そこでうかがったようにおぼえているんです。
 いつかはまた、ちょっとした子供によくある熱に浮されて苦しみながら、ひるの中《うち》は頻《しき》りに寐反《ねがえ》りを打って、シクシク泣《ない》ていたのが、夜に入《い》ってから少しウツウツしたと思って、フト眼を覚《さま》すと、僕の枕元近く奥さまが来ていらっしゃって、折ふし霜月《しもつき》の雨のビショビショ降る夜を侵《おか》していらしったものだから、見事な頭髪《おぐし》からは冷たい雫《しずく》が滴《したた》っていて、気遣《きづか》わしげなお眼は、涙にうるんでいました。身動《みうごき》をなさる度ごとに、辺《あた》りを輝《て》らすような宝石がおむねの辺やおぐしの中で、ピカピカしているのは、なんでもどこかの宴会へお出《いで》になる処であったのでしょう。奥さまの涙が僕の顔へ当って、奥様の頬《ほほ》は僕の頬に圧《おっ》ついている中に僕は熱の勢か妙な感じがムラムラと心に浮んで、「アア/\おっかさんが生《いき》ていらっしゃれば好《い》いにねえ」というのを徳蔵おじが側から「
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