ろして休みながら登るうちに右手に一軒の寺があつた、松高院と云つた。今少し登ると醫王院といふがあり、接待茶、繪葉書ありの看板が出てゐた。其處へ寄つて茶の馳走になり繪葉書を買ひ、本堂再建の屋根瓦一枚づつの寄進につき、更に山上遙に續いてゐる石段を登り始めやうとすると、應接してゐたまだ三十歳前後の年若い僧侶が、貴下は若山といふ人ではないか、と訊く。いぶかりながらその旨を答へると、實は今日の正午頃に私の知人の某君といふが來て、昨日か今日、その人が佛法僧鳥を聽くために登つて來る筈だ、來たらばこの寺に泊めて呉れと言ひ置いてツイ先刻歸つたばかりだとの事であつた。では新城町のK――家から山のお寺へも紹介しておくからとの話はその事であつたのかと思ひながら、意外の便宜に二人とも大いに喜んだ。のんきな我等は、この石段の續いた果にまだお寺があるだらうしその一番高い所に在るお寺に泊めて貰はうなどと言ひながらなほ勞れた足を運ばうとしてゐたのであつた。聞けばこの上には東照宮があるのみで、お寺はもう無いのださうである。もと本堂があつたのだけれど、この大正三年に燒失したのださうだ。
 喜びながら手荷物を其處に預け、足つい
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