の父を初め兄夫婦には初對面で、たゞ姉のつた子さんには沼津で一度逢つてゐた。名物の鮎の料理で、夜更くるまで馳走になつた。
 翌日一日滯在、降りみ降らずみの雨間に出でて辨天橋といふあたりを散歩した。この邊の豐川は早や平野の川の姿を變へて溪谷となり、兩岸ともに岩床で、激しい瀬と深い淵とが相繼いで流れてゐる。橋は相迫つた斷崖の間にかけられ、なか/\の高さで、眞下の淵には大きな渦が卷いてゐた。淵を挾んだ上下は共に白々とした瀬となつて、上にも下にも鮎を釣る姿が一人二人と眺められた。この橋の樣子は高さから何から青梅の萬年橋に似て居り、鮎を名物とするところもまた同所と似て居る。武藏の青梅は私の好きな古びた町であつた。
 夜はK――君父子に誘はれて觀月樓といふ料理屋に赴いた。座敷は南向きで嶮崖に臨み、眼下に稻田が開けて、野末の丘陵、更に遠く連山の起伏に對するあたり、成程月や星を觀るにはいい場所であらうと思はれた。惜しいかなその夜も數日來打ち續いた雨催ひの空で、低く垂れた密雲を仰ぐのみであつた。
 友の老父も酒を愛する方であつた。徐ろに相酌みつつ終《つひ》にまた深更まで飮んでしまつた。
 七月十四日。眼が
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