しはさう思うたので笑ひながらその旨を告げた。が、番頭たちは強硬であつた。あなた達の帰られた後、店の大戸には錠をおろした。その錠がそのまゝになつてゐる所を見ればどうしてもこの家の中に居らるゝものとせねばならぬ……。
「実はいま井戸の中をも探したのですが……」
「どうしても解らないとしますと駐在所の方へ届けておかねばならぬのですが……」
 吹き出し度いながらにわたしも眼が覚めてしまつた。
 如何なる事を彼は試みつゝあるか、一向見当がつきかねた。見廻せば手荷物も洋服も其儘である。
 其処へ階下からけたゝましい女の叫び声が聞えた。
 二人の若者はすは[#「すは」に白丸傍点]とばかり飛んで行つた。わたしも今は帯を締めねばならなかつた。そして急いで階下へおりて行つた。
 宿の内儀を初め四五人の人が其処の廊下に並んで突つ立つてゐる。宵の口の小学校教師のむつかしい顔も見えた。自《おのづ》からときめく胸を抑へてわたしは其処へ行つた。と、またこれはどうしたことぞ、其処は大きなランプ部屋であつた。さまざまなランプの吊り下げられた下に、これはまたどうした事ぞ、わが親友は泰然として坐り込んでゐたのである。
「ど
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