かみの峰仰ぎ見ればはるけかりけり
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 おもうて来た千曲川上流の渓谷はさほどでなかつたが、それを中に置いて見る四方寒山の眺望は意外によかつた。
 大深山村附近雑詠。
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ゆきゆけどいまだ迫らぬこの谷の峡間《はざま》の紅葉時過ぎにけり
この谷の峡間を広み見えてをる四方の峰々冬寂びにけり
岩山のいただきかけてあらはなる冬のすがたぞ親しかりける
泥草鞋踏み入れて其処に酒をわかすこの国の囲炉裏なつかしきかな
とろとろと榾火《ほだび》燃えつつわが寒き草鞋の泥の乾き来るなり
居酒屋の榾火のけむり出でてゆく軒端に冬の山晴れて見ゆ
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 とある居酒屋で梓山村に帰りがけの爺さんと一緒になり、共にこの渓谷のつめの部落梓山村に入つた。そして明日はこの爺さんに案内を頼んで十文字峠を越ゆることになつた。
 此処の宿屋でまた例の役人連中と落合ふことになつた。ひとの食事をとつてゐる炬燵にまで這入つて来て足を投げ出す傍若無人の振舞に耐へかねて、膳の出たばかりであつたが、わたしはその宿を出た。そして先刻知り合ひになつた爺さんのうちにでも泊めて貰はうとその家を訪ねた。爺さんはまだ夕闇の庭で働いてゐた。見るからに荒れすたれた家で、とても一泊を頼むわけに行きさうにもなかつた。当惑しながら、ほかにもう宿屋は無からうかと訊くと、木賃宿ならあるといふ。結構、何処ですといふと爺さんが案内して呉れた。木賃宿とは云つても古びた堂々たる造りで、三部屋ばかり続いた一番奥の間に通された。
 煤びた、広い部屋であつた。先ず炬燵が出来、ランプが点り、膳が出、徳利が出た。が何かなしに寒さが背すぢを伝うて離れなかつた。二間ほど向うの台所の囲炉裡端でもそろ/\夕飯が始まるらしく、家族が揃つて、大賑かである。わたしはとう/\自分のお膳を持つてその焚火に明るい囲炉裡ばたまで出かけて仲間に入つた。
 最初来た時から気のついてゐた事であつたが、此処では普通の厩でなく、馬を屋内の土間に飼つてゐるのであつた。津軽でもさうした事を見た、余程この村も寒さが強いのであろうと二疋並んでこちらを向いてゐる愛らしい馬の眼を眺めながら、案外に楽しい夕餉を終つた。家の造り具合、馬の二疋ゐる所、村でも旧家で工面のいゝ家らしく、家人たちも子供までみな卑しくなかつた。

 十一月十日。
 満天の星である
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