ものゝやうに懸つてゐる。ア、と思ふ自分の心の底には早や久しく忘れてゐる故郷の山川が寂しい影を投げてゐた。故郷と有明月、何の縁も無さゝうだが、有明月を見るごとにどうしたものか私は直ぐ自分の故郷を思ひ起すのが癖である。渓間の林の間を歩いてゐた自分の幼い姿をすぐ思ひ浮べる。
その朝は何故《なぜ》か渚に漁師の姿が少ないやうであつた。下駄を砂上に引きずりながら、私はこの有明の月をどうがなして一首の歌に詠まうものと夢中になつて苦心した。一里あまり、二里ほども歩いてゆくうちにとう/\その一首も出来ず、雪の様な浜は尽きて真黒な岩の磯が表れた。浪の音が急に高く、岩上に吹く松風の声もあり/\と耳に立つ。兎も角もと私は其処に腰を下した。足の裏がちくちくと痛んでゐる。雲の片《かけら》は次第に消えて白い月影のみいよ/\寂しい。
大概の見当をつけて崖を這ひ上つてみると果して小さな路があつた。今度は下駄を履いて松や雑木の木の間を辿る。ずつと見はるかす左手の海の面がいかにも目新しく眺められて、ツイ磯の深い浪の間には無数の魚が群れて居さうに思はれる。小さな丘を越すと一つの漁村があつた。金田といふ。も一つ越すとまた一
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