人も言ふので企てられた今度のこの濱名湖めぐりから三河行の小さな旅行であつた。そしてその第一日早々から重ねられたこれらの失敗であつた。
 湖全體を一周するには別に船を仕立てねばならなかつた。私の乘つたのは鷲津から湖の西岸に沿うて氣賀町まで行くものであつた。肌ぬぎの爺さんはいろ/\と山や土地の名などを教へて呉れた。梅雨晴とも梅雨曇とも云ひ得る重い日和で、うす濁りの波の色は黒く見えた。湖を圍む低い端山《はやま》の列も黒かつた。物洗ひ場かとも見ゆる簡單な船着場に二三度船は止つて、一時間もした頃|館山寺《くわんざんじ》に着いた。私は裾を端折《はしよ》つて降《お》り仕度をしながら、いかにも酒ずきらしいこの爺さんに言つた。
『お爺さん、一緒に降りませんか、次の船の來る間、一杯御馳走しませう。』
 爺さんは仰山に打ち消した。
『とんでもねエ、わしはこれで氣賀で降りて、其處から荷物を背負つてまだ五里も歩かなくちやならねエ。』
 館山寺《くわんざんじ》は古い由緒のある寺だとかだが、ひどくすたれて、此頃ではたゞ新しい遊覽地として聞え出して來た、と謂つた所であつた。殆んど島かと見ゆる小さな半島全體が圓やかな岡
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