々なものが植ゑてあつた。いま花の眼についたは、罌粟《けし》、菖蒲、孔雀草、百日草、鳳仙花、其他、梅から柿梨|茱萸《ぐみ》のたぐひまで植ゑ込んである。その間にはまた、ちしや、きやべつ、こんにやくだま、などの野菜ものも雜居してゐるのである。それでゐて何處か落ちついてゐる。妙に調和した寂びが感じられた。
夜は酒嫌ひで言葉少なのこの友を前に私は一人して飮み一人して喋舌つた、これだから誰にも逢つてはいけないと思つたのにと思ひながら。
六月二十二日。
學校を一日なまけてY――君もけふ一日私と歩かうといふことになつた。停車場の附近にも昨日見たルイキユウ[#「ルイキユウ」に傍点]の田が廣い。聞けばこれは琉球から取り寄せた藺《ゐ》ださうで、それを土地の人はルイキユウ[#「ルイキユウ」に傍点]と呼び、稻よりもこれを作る者が多くなつてゐるさうだ。疊表其他の材料として支那の方にも行くといふ。
伊井谷神社の深い森を車窓に眺めて過ぎた。宗良親王を祀るところといふ。親王のお歌は若い頃私の愛誦したものであつた。程なく奧山終點着。
奧山半僧坊の名はかなり聞えてゐる。で、私は何とはなしに成田の不動の樣な盛り場を想像してゐたが、案外に靜かな山の中の寺であつた。門前町に三四軒並んでゐる宿屋なども、なつかしい古び樣を見せてゐた。
奧山の村を外れて陣座峠の路にかゝる。路は伊井谷川の源とも見受けらるゝ溪に沿うてゐた。溪は細く、岩の床で、岸の一方は直ちに雜木林となつてゐた。流れつ湛へつしてゐる水際には岩躑躅が到るところに咲いてゐた。いよ/\登りにかゝらうとするあたりで水を飮まうと谷ばたに降りてゆくと、其處の澱《よど》みには大きなやまと鮠[#「やまと鮠」に傍点]が四五疋、影も靜かに浮んでゐた。谷のいよ/\細くなつたあたりの岩の蔭にはあぶらめ[#「あぶらめ」に傍点]といふ魚が遊んでゐた。幼い時、三尺か四尺の釣竿でこれらの魚を釣つて歩いた故郷の山奧の溪が思ひ出された。空は昨日と同じく晴とも曇ともつかぬ梅雨の空であつた。
陣座峠は遠江と三河との國境に當つて居る。國境の山といふと大きく聞えるが、僅か一千五百尺ほどの高さ、登りも下りも穩かな傾斜で、明るい峠であつた。ことに遠州路の方は木立が深くて登るに涼しかつた。その深い木立の下草に諸所|木苺《きいちご》の實《み》がまつ黄に熟れてゐた。いゝ歳をした二人、ことに一人は半白以上の白髮、あとの一人にもこの頃めつきりそれが見えだして來たといふ二人はわれさきにとその小さい粒の實を摘みとつてたべた。
八合目ほどの所の路ばたによく囀る眼白鳥《めじろ》の聲を聞いた。見れば其處の木の枝に籠がかけてあつた。見※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、読みは「まわ」、202−15]すと近くの木蔭に壯年の男がしやがんで險しい眼をして我等を見てゐた。聲をかけて通りすぎると程なく峠、丁度時間もいゝので用意の握飯を出して晝にした。私は半僧坊で二合壜を仕入れて來てゐたので先づそれにかゝつた。するとY――君も亦た一本とり出して、とても一本では足るまいと思つて……、と笑ひながら差出した。松の蔭で、あたりには遲い蕨などが萌え立つて居り、三河路の方から涼しい風が吹きあげて來た。
其處へ先刻の男が眼白籠を提げてやつて來た。そして變な顏をして立ちどまつてゐたが、其儘其處に坐つてしまつた。Y――君は持つてゐた盃をさしたが、酒は大嫌ひだとて受けなかつた。三十前後の屈強な身體で、眼尻のたるんだ、唇の厚ぼつたい男であつた。話好きと見え、ほゞ三四十分の間、一人で喋舌つてゐた。おめエたちは一體何處で何の身分で、何をしに斯んなところに來たのか、といふのが彼の話題の第一であつた。根掘り葉掘り訊いた上、
『どうも、さつぱり解らねエ。』
と諦めた。そして代りに自分自身の事を語り始めた。何處何處の生れで、何處其處とさんざ苦勞をした揚句、今では斯んな所に引つ込んで何とか線の線路工夫をしてゐると語つた。
『線路工夫……?』
と聞きとがめると、Y――君が、
『いゝエ、電燈線の線路工夫でせう、此頃この邊に引かれた電燈線があるのです。』
と説明した。
眼白でも飼はねばなア、斯んな山の中では何の樂しみもねエ、と言ひながら彼は立ちがけに、私のころがして置いた空壜を取りあげて、これ、貰つて行くよ、酢を入れとくにいゝからナ、とどんぶりに入れた。
我等も程なく其處を立つた。するとまた眼白籠が路ばたの枝に懸けられ、鳥ばかりが高音《たかね》を張つて、見※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、読みは「まわ」、204−6]してもその主人公はゐなかつた。
『ア、あんな所に!』
見れば成程、路から一寸離れた櫟《くぬぎ》や小松の雜木林の中に立ててある眞新しい電柱の上に登つ
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