る樣だつたら一杯でいゝから寺男の爺に振舞つて呉れ、これはまた私以上の好きで、もとはこの麓で立派な身代だつたのだがみなそれを飮んでしまひ、今では女房も子供も何一つない身となつてその山寺に這入つてゐる程の男だから、としみ/″\した調子で爺さんが言ひ出した。宜しいとも、私も毎日これが無くては過せない男だが、それでは丁度いい相棒が出來て結構だなどと話し合つてゐるところへ、溪の方から頭を丸く剃つた、眼や口のあたりに何處か拔けた處のある、大きな老爺がのそ/\と登つて來た。ア、來た/\と云ひながら茶店の老爺は立ち上つて待ち受けながら、今度はまた世話になるな、といふと、何も出來ぬが客人が困つてなさる相だから、と言ひ/\側にやつて來た。私も立ち上つて禮をいふと、向うはただ默つて眼をぱち/\させながら頭を下げてゐる。それを見ると娘はさも/\可笑しいといふ樣に、顏を掩うて笑ひ出した。茶店の爺さんも笑ひながら、旦那、この爺さんはまことに耳が遠いのでそんな聲ではなか/\通じないといふ。自分の聲は人並外れて高調子なのだが、これで聞えないとすれば全然|聾《つんぼ》同然だ、この爺さんとその荒寺に五六日を過すことか、と
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