湯槽の朝
若山牧水

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)湯槽《ゆぶね》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)水がちよろ/\と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 三月廿八日、午前五時ころ、伊豆湯ケ島温泉湯本館の湯槽《ゆぶね》にわたしはひとりして浸つてゐた。
 温まるにつれて、昨夜少し過した酒の醉がまたほのかに身體に出て來るのを覺えた。わたしは立つて窓のガラスをあけた。手を延ばせば屆きさうな所に溪川の水がちよろ/\と白い波を見せて流れてゐた。ツイ其處だけは見ゆるが、向う岸は無論のこと、だう/\とひどい音をたてゝゐる溪の中流すらも見えぬ位ゐ深い霧であつた。
 流石に溪間の風は冷たい。わたしはまた湯に入つて後頭部を湯槽の縁に載せ、いまあけたガラス戸の方に向つて、出て行く湯氣、入つて來る霧の惶《あわただ》しい姿を見るともなく仰いでゐた。
 何しろ深い霧である。そして頻りとそれの動いてゐるのが見えて來た。くるり/\と大きな渦を卷きながら流れ走つてゐるらしい。
 三分か五分かゞ過ぎた。わたしはまた立つて其處の低い窓に腰か
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