りと
 螻《けら》が一疋とび出して
 『今晩は、今晩は』と云ひました
 空には霞んだ月ばかり

 返事がないのでこそこそと
 おほきなお尻を振り向けて
 いま出た穴へと入りました
 おほかたねぼけでござりましよ




 まいにちまいにち
 見てをれば
 お庭の蟻も
 かはゆくなる
 蟻よ蟻よと
 こちらで云へば
 返事しいしい
 頭ふりふり
 せつせとこちらにやつて來る
 蟻に御馳走
 やりませう


夏のけしき

 槍持《やりもち》 旗持《はたもち》
 眞白《まつしろ》 小白《こしろ》
 雨の行列《ぎやうれつ》
 川の向うを急いで通る

 雷は峠を越えて
 雨の行列も行き過ぎ
 山から山に
 虹の橋が懸つた


富士の笠

 富士が笠かぶつた
 饅頭笠かぶつた
 雲の笠かぶつた
 富士が笠かぶりや
 伊豆の沖から降り始め
 駿河《するが》の濱邊を降りかすめ
 相模《さがみ》の國に降りぬけて
 甲斐《かひ》の山々降りつぶす
 大雨小雨
 土砂降《どしやぶ》り小降り
 富士が笠かぶつた


はだか

 裏の田圃《たんぼ》で
 水いたづらをしてゐたら
 蛙が一疋
 草のかげからぴよんと
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング