失くなつてゐた。そしてそれ以後は私の前では打つて變つて愼しやかに從順《おとなし》くなつてゐた。
 何時までも泣いて彼女は顏を上げぬ。私も續いて默つてゐた。爐の火は既に殆ど燃え盡きて厚い眞白の灰が窓からの山風にともすれば飛ばうとする樣で、薪形に殘つて居る。座敷の方で煙草盆を叩く音がする。母と老婢ともまた屹度《きつと》この哀れむべき娘のことに就いて、頼り無い噂を交はして居るのであらう。
 お米は妹の泣きくづれて居る側に坐つてゐて、別に深く感動したさまも無く、虚然《うつかり》と、否寧ろ冷然としてそのうしろ髮の邊を見下してゐる。その有樣を見て居ると、今更ながら私は何とも知らずそゞろに一種の惡感《をかん》を感ぜざるを得なかつた。兎角するうちとぼ/\足音をさせてお兼が入つて來た。私は立上つて土間に降りて、そして戸を開いて戸外に出た。
 戸外はまるで白晝《まひる》、つい今しがた山の端を離れたらしい十七夜の月はその秋めいた水々しい光を豐かに四邊の天地に浴びせて居る。戸口の右手、もと大きな物置藏のあつた跡の芋畑の一葉一葉にも殘らずその青やかな光《かげ》は流れてゐて、芋の葉の廣いのや畑の縁に立ち並んでゐる
前へ 次へ
全25ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング