たが……妾に時々習ひに來よりましたが……」
 談話は切れ/″\の上の空である。で、私は突込んだ。
「行くつもりかい、お前も!」
「イゝ[#「ゝ」はママ]エ!」
 と仰山に驚いて、
「どうして妾が行けますもんけえ!」
 と、つとせき上げて來たと見えて見張つた瞳には既う涙が潮《さ》して居る。
「ウム、大變なことになつたんだつてねえ、どうも……嘸《さ》ぞ……厭やだらう!」
 返事もせずに俯頭《うつむ》いてゐる。派手な新しい浴衣の肩がしよんぼりとして云ひ知らず淋しく見ゆる。まだ幾分酒のせゐが殘つてゐると見えて、襟足のあたりから耳朶《みみたぶ》などほんのりと染つてゐる。
「どうも然し、仕樣がない。全く思ひ切つて斷念《あきらめ》るより仕方がない。然しね、そんな場合になつたからと云つても、自分の心さへ確固《しつかり》して[#「して」は底本では「りして」]ゐたら、また如何とかならうから、そしたら常々お前の言つてたやうに豪くなる時期《とき》が來んとも限らん。第一非常の親孝行なんだから……」
 と言ひかけて、ふと見ると、袂を顏にひしと押當てゝ泣きくづれて居る。
 私はそれを見て、今強ひて作つて云つた慰藉《
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