狐さんと一つ鍋の飯を喰つてるわけだネ、と言つて笑つたが、その晩から私は小便だけは部屋の前の縁先から飛ばす事にした。
毎晩爺さんとの對酌が日毎に樂しくなつた。山の茶屋から壜詰を取つてゐては高くつくからと言ひながら爺さんは毎日一里半餘りの坂路を上下して麓の宿《しゆく》の酒屋から買つて來る事にした。爺さんの留守の間、私は持つて來た仕事(旅さきでやる事になつた自分の雜誌の編輯)をしながら、淋しくなれば溪間に出て蕨を摘んだり、虎杖《いたどり》を取つたり(これは一夜漬の漬物に恰好である)、獨活《うど》を掘つたりしてその歸りを待つのである。
此處に一つ慘《いたま》しい事が出來た。この四五年の間、爺さんは酒らしい酒を飮まず、稀に飮めばとて一合四五錢のものをコツプで飮む位ゐで、斯うした酒に燗をつけて、飮むといふ事は斷えて無かつたのである。所が私が來て以來毎晩斯うして土地での上酒に罐詰ものの肉類に箸をつけてゆくうちに彼は久しく忘れてゐた世の中の味を思ひ出したものらしい。元來この寺は廢寺同然の寺で、唯だ毎朝お燈明を上ぐるか折々庭の掃除をする位ゐのもので仕事と云つては何もない。その代りただ喰べてゆくとい
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